葬儀への参加

 雨期に入ってしばらく経った6月のある日の朝、日本語研修を修了したHPA君から突然「父が他界し今日が葬儀の日です。」との訃報の電話が入って驚いた。
 昨年秋の日本語研修の最中に、研修生の仲間から「HPA君のお父さんが癌を患って入院したので、彼は看病のため、足繁く病院に通っている。」と聞いていたので、彼には折に触れお父さんの容体を訪ねた。その度に彼からは「回復に向かっています。」との返事を貰っていたし、その後退院したとの報告を受けていたこともあって、順調に回復しつつあるのだろうと思い込んでいたので、今朝の突然の訃報には驚いた。
 ミャンマーでの葬儀のしきたりに関する予備知識はなかったが、「友人のKHK君も葬儀に参加してくれることになっています。」との彼の言葉に背中を押され、ともかく葬儀場の場所も判らないまま、タクシーに乗り込んだ上で、HPA君から運転手に電話で行先を伝えて貰い、会場に向かった。
 北に向かって小一時間走ったところで、2基の立派な煙突の建つ葬儀場に到着した。

<立派な煙突の立つ葬儀場>

<複数の葬儀室と火葬場が並ぶ>

 ヤンゴン市には葬儀場が3か所しかないそうで、連日の如く、一定の時間割に従って、切れ目なく葬儀が続いているそうである。HPA君の父親の葬儀は正午から13:00までの1時間が割り当てられており、時間通りに始まった。会場の前面中央に遺体が安置され、その周囲に白い薔薇の花束が飾られた。やがて三々五々会場に訪れてきた親族や友人が遺体を取り囲んで、思い思いに別れを惜しんだ後、所定の席についた。
 会場の最前列には僧侶5人が我々の方に向かって座り、親族は僧侶達の前に敷き詰められた絨毯の床に思い思いに座った。知人・友人等の参列者は会場の後側に並べられた椅子に座った。僧侶の他、尼僧も5人程列席していたが、彼女達は参列者の席の先頭に陣取った。間もなく葬儀が始まろうとする緊張感が漂う中、それを打ち破るように親族の中から嗚咽やすすり泣きが漏れ、それを周囲の親族が宥める様子があちこちで見られた。5人の僧侶全員が壇上に座ると、読経が始まった。親族の皆さんは僧侶に対して恭しく深々と頭を下げ、読経に聞き入った。そして時々全員で読経を唱和する場面があった。日本の場合と異なり、読経の内容は、誰もが理解できる平易なミャンマー語で語られているようであった。

<安置された遺体>

<遺体に別れを惜しむ友人・知人>

<遺体に祈りを捧げる尼僧の皆さん>

<親族とその前で読経する5人の僧侶達>

 日本の葬儀と全く異なるのは、親族始め、参列者も全くの普段着で参列し、黒装束の物々しい儀式といった雰囲気がないこと、それに他界した人が安心してあの世に行けるようにと、多くの僧侶や尼僧が集まっていることであった。
 こうしてしめやかに葬儀が進行し、読経が終わったところで、再び全員が遺体の周囲に集まり最後の別れを惜しんだ。いつしか棺桶が運ばれてきたかと思うと、安置されていた遺体は全員の観ている前で、係員によって棺桶に移され、すぐさま隣接する火葬場に向かって運ばれて行った。運ばれて行く遺体の後に遺影を持った代表者を先頭に親族が続き、参列者がその後に続いて葬儀会場を後にした。全員が葬儀会場を出ると、時計は13:00ちょうどを指しており、次の葬儀に向けた準備が始まろうとしていた。HPA君の父親の棺桶は火葬場の入口で一旦停止し、神妙な表情の係員が金色の金具を打ち鳴らした音を合図に火葬場に消えて行った。

<火葬場入場の合図の鐘>

<参列者の解散>

 親族を含む参列者は遺体が火葬場に入っていくや否や、すぐさま流れ解散となり、三々五々会場を後にした。日本では葬儀会場と火葬場とが分かれており、葬儀終了後は葬儀場から火葬場に移動する霊柩車を全員で見送る儀式があり、更に火葬場では遺体の火葬後の遺骨拾い等の儀式が連綿と続くが、ミャンマーでの葬儀は至って簡便であっさりしたものであった。
 ミャンマーでは他界した人は1週間後には新たに別の人間としてこの世に生まれ出てくるものと固く信じられている。そのことが、葬儀や亡くなった人に対するその後の対応を簡単にしているように思われる。骨を拾うこともなく、従って、骨壺も存在しない。そのため、お墓も存在しない。生前に功徳を積んだ人はより恵まれた人生を送れる人として生まれ変わり、生前に悪行を行った人は人間に生まれ変わることは出来ず、その辺りでうろうろしている野良犬やカラス等の動物に生まれ変わる運命になると言われている。輪廻思想が生活の中に定着しているのだ。
 ミャンマーは12世紀のパガン王朝の時代に、スリランカから渡来した上座部仏教の国である。上座部仏教の特徴は、人々が自ら修業をして悟りを開くことに意を注ぐところにあり、偉いお坊さんの教えを聞くことで信仰心を育むという日本の大乗仏教とは大きな違いがある。輪廻思想についても、日本人は子供の頃に教わった六道輪廻等信じている人は先ず見当たらないが、ミャンマーの人々は生まれ変わりを固く信じており、日頃からのパゴダ通いやお坊さんへの喜捨など、日々の生活の中で、功徳を積むことに極めて熱心であり、一般人とお坊さんとの距離が非常に近い。信心が一般の人々の生活の中に自然に溶け込んでいることを実感する。
 今回、HPA君の父親の葬儀に参列する機会を得、ミャンマー人の宗教観を改めて再認識することが出来た。


2015年7月19日(日)
MyanmarDRK Co., Ltd. Managing Director
宮崎 敦夫