ヤンゴン便り特別版 ミャンマーのこれまでと現状

アジアのラストフロンティアと呼ばれ、世界各国から注目を集めつつ年々急速な発展を続けてきたミャンマーですが、今から約半年程遡った今年の2月1日に様相が一転しました。

そもそもミャンマーは、10年前に約半世紀に渡って続いてきた軍事政権が民政に移管しました。この政権を担ったのは2010年の総選挙で勝利した国軍系政党連邦団結発展党(USDP)党首のテインセインでした。彼は国軍のNo4の地位にいて開明派と言われている人物でしたが、大統領に就任すると、国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー氏に対話を呼びかけ関係強化に努めつつ、コミュニケーションを深めました。それと同時に彼は、周囲を驚かせるような民主化に向けた大胆な改革を進め、2016年ミャンマーでは初めてとなる公正な総選挙が実施されました。ここで民主派勢力のNLDが80%以上の得票を得て圧勝し、名実ともに民主国家が発足したのです。民主政権に移行してからは、世界との関係も深まり、海外から企業進出が相次ぎました。この10年間で日本から進出した企業は400社に上ります。また道路や橋の整備、発電所の開発や通信インフラの構築等の開発援助も活発で、世界から取り残されていたミャンマーが目覚ましい経済発展を遂げたのです。これがアジアのラストフロンティアと呼ばれるようになった所以です。しかし、国家の民主化に向けた動きの中で、一つだけ懸念材料が残っていました。それが憲法です。国軍は民政に移管しないと国家の発展が期待できないとの認識の上で、2011年に民主化の方向に舵を切ったのですが、その3年前に長期間に渡って練り上げた憲法を制定したのです。その骨子は以下のような内容です。

  1. 連邦議会の議席の25%を国軍に割り当てる
  2. 国防省、内務省及び国境省の大臣の任免権は大統領にはなく、国軍総司令官にある
  3. 連邦議会で選出される2人の副大統領の内の1人は国軍出身者から選ばれる

こうした国軍の特権の存在のため、民政移管後の国家指導者は治安機関に対し、ほとんど影響力を行使することができない状態にありました。NLDは2016年に政権を担って以降、一貫してこの国軍の特権を排除するべく様々な努力を続けましたが、残念ながら成果を上げることが出来ませんでした。一方の国軍幹部はNLDのこうした動きに対し、危機意識を持ち続けていたのです。そうした中で実施された2020年11月の総選挙でNLDは再び地滑り的な大勝利を収めました。それは当然の結果でしょう。と言うのも過去半世紀にわたる軍事政権で虐げられた国民にとって、民主政治こそが求める政治の姿だったのです。

一方の国軍ですが、特権を主張する根拠はどこにあるのでしょう。第二次世界大戦後のミャンマーの歴史は以下のように整理されます。
ミャンマーの戦後の歴史軍の特権を主張する根拠の1つが1948年のイギリスからの独立です。「イギリスの植民地だったミャンマーを独立させたのは国軍の努力の成果であり、国軍こそがミャンマーの救世主である。」と言うのが特権を主張する根拠の1つです。然し、独立して70年以上も経た今日、独立運動に参加した軍人は誰一人いない遠い昔の物語です。根拠の2つ目が少数民族との闘争を担ってきたというものです。少数民族を制圧してきたことで国の統一を維持してきたというのが国軍の主張です。しかし、これも根拠の薄い論理です。軍事力の行使のみで国家を統一できる訳ではありません。過去における長期に渡る軍事政権の間、国軍は270社にも及ぶ軍営企業を所有し、軍人の私腹を肥やしてきました。その間まともな国家運営をしなかったため、国家の経済は疲弊し、世界の経済発展から大きく取り残される結果を招きました。こうした事実は、多くの国民だけに留まらず、国軍幹部の誰もが認識している事なのです。しかし、国軍はそうした事実から目を背け、ひたすら特権と利権にしがみついてきたのです。

2020年11月の総選挙で再びNLDに大敗した時、国軍は、このままNLDの政権が続いたら、国軍の特権や利権は間違いなくはく奪されるに違いないと踏んだのでしょう。選挙で勝利したNLDを否定する道しか残されていませんでした。勿論総選挙の実施に際しては日本を中心とする複数の国からの選挙監視団が組織され選挙期間中の不正選挙防止に向けた活動を展開し、選挙の終了後には、「公正な選挙が実施された。」との声明文まで公開されていました。然し背に腹を代えられない国軍は道理を引っ込めるための無理を押し通したのです。それが2月1日の軍事クーデターでした。

国軍による軍事クーデターの発生から半年余りが経過しました。この間、様々な事が発生しましたが、以下に記すように、良い結果は何一つありません。

  1. 軍事クーデターに対する国民の大規模な抗議デモと、デモに対する国軍の弾圧
  2. 公務員、医師、教師、銀行員等による抵抗運動による社会経済活動の停滞及び国軍による拘束
  3. 経済活動のマヒによる大量の失業者の発生
  4. 海外からの進出企業の撤退や進出計画の見直し
  5. 治安の悪化

等など枚挙に暇がありません。私は軍事クーデターが発生して3か月半が経過した5月中旬になって、日本へ一時帰国しました。当時、理由は定かではありませんが、軍が過去に私が住んでいた家に来て、私を探しているとの情報が入り身の危険を感じたこと、新型コロナ COVID-19のワクチン接種のために帰国を決断しました。また当時の状況は悪化する事はあっても、好転する兆しがないと感じたからです。

一時帰国を果たした5月中旬頃はミャンマーでの新型コロナCOVID-19の1日の新規感染者数は15人前後、死亡者数は1人もしくは0という状態が続いていました。しかし、インドから変異株が入り込みだした6月初旬から感染が拡大し始めました。この時の初期対応のまずさが、爆発的な感染拡大の引き金になったことは否めません。現在は1日の感染者数は5,000人を超え、死亡者数は300人を超える数字となっています。死亡者数については実際の数字ははるかに多いとも言われています。弊社でも約半数の社員が新型コロナに感染しました。(現在は全員が回復しています。)ミャンマーは元々医療体制が脆弱なうえ、クーデターへの抵抗運動や国軍による拘束により医療崩壊が起こっている状況です。また家族、親戚が寄り添って生活をしている家が多くあるため、一人が感染すると瞬く間に家族全員に感染が広がります。さらに感染した家族を隔離せず家族全員で看病をすることも感染の拡大につながっていると思われます。

と言う訳で、現在のミャンマーの状況は誰もが想像しなかったような状況にあると言わざるを得ません。国軍のクーデターを起因とした経済活動の停滞による国民の困窮、そして新型コロナCOVID-19の蔓延による死への恐怖、こうした状況が国民の日々の生活を苦しめているのです。

本来であれば、国連を中心とした国際社会が一致協力して、ミャンマーの問題の解決に向けて立ち上がるべきなのですが、国連は何の役割も果たせていません。中国とロシアが解決に向けた動きに反対しているのです。内政不干渉を基本とするASEAN各国の足並みも一向に揃いません。ミャンマーに対する最大の援助国である日本も具体的な行動が何も出来ていません。

さてミャンマーは今後どうなっていくのでしょうか?現時点では全く先が読めない状況ですが、1日も早く健全で明るい未来のある国家に生まれ変わる日が到来する事をひたすら祈るしかありません。


2021年8月10日(火曜日)
MyanmarDRK Co., Ltd. Managing Director
宮崎 敦夫